誕生、少年〜留学時代
昭和39年4月21日、福島県耶麻郡猪苗代町に生まれる。 書籍、文具販売を営む(有)小林書店の長男。出生時は1800グラムの未熟児だった(?)。小林家は野口英世の伝記に登場する英世の恩師小林栄の家系で、祖父小林光助は猪苗代湖畔にある野口英世記念館の館長を長く勤めた。ちなみに映画「遠き落日」の小林栄役は仲代達矢。 幼少時は小児喘息に苦しんでいたが、豊かな自然環境の中で、野山を駆け巡りすくすくと育った。 |
小学校時代から競技スキーに真剣に取り組み、スポーツ少年団などで活動した。中学校入学後は、夏はサッカー部、冬はスキー部とスポーツ少年だった。 中学校3年の時にアルペンスキーの県大会で入賞し東北大会まで出場したのが勲章。また、猪苗代中学校の生徒会長もつとめた。 高校は隣の会津若松市にある会津高等学校に入学。 男子校のため、男ばかりの環境の中で、スキー部に入部して、文武両道を目指す。当時の体型は身長172センチ、体重53キロの痩せ型(現在は175センチ、76キロ)。 |
一年浪人の後、早稲田大学政経学部政治学科に入学、何となく雄弁会の門を叩く。 5月の新人歓迎合宿での処女弁論のテーマは「自己の価値について」。弁論10分、2時間にわたる先輩からの厳しい質問(半分いじめ)、野次を涙ながらに切り抜ける。 雄弁会に熱中するあまり、一年次の単位はほとんど取れず。雄弁会だけに染まっては、性格が歪んでしまうと考え、バンドサークルにも入会。ライブやレゲエパーティーなどを企画する。 |
3年時には東京6大学弁論大会で優勝。テーマは「弁論と民主主義」。その晩の優勝祝賀会で酔っ払い、賞状を紛失した。ゼミは政治思想史の藤原保信ゼミ。「全優がたくさんいるゼミに、なぜ小林が入れたんだ」と疑惑が持ち上がった。卒論は「吉本隆明と現代」。 当時自民党の衆議院議員だった浜田卓二郎氏が主催する政策集団「自由社会フォーラム(FLS)」の研究員として、若手国会議員17名のための社会保障・外交政策を担当。またFLSスチューデントクラブを設立し、政治に興味を持つ学生と定期的に勉強会を開催。ソ連やアジア各国に学生交流団を組織し、訪問。 |
4年で卒業するには単位が足りないことが発覚、アメリカに留学することに、ワシントンDCにあるジョージタウン大学で英語と国際関係を学ぶ。レーガン政権のUSTR(米国通商代表部)代表補をつとめた有名な共和党系ロビイスト、スティーブ・サンダースの事務所でインターンを経験。 |