[第162回 参議院 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 2005年6月10日]
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○小林温君
自民党の小林温でございます。
森本、伊豆見両参考人には、大変示唆に富むお話をいただきました。第一部では、横田御夫妻そして荒木代表から拉致問題についての質疑が行われたわけでございますが、今のお二人の参考人は、拉致そして核、ミサイルと、包括的なアプローチについて御意見をいただいたものと思います。私もそういった観点で少し質問をさせていただきたいというふうに思います。
今ほど、北朝鮮の核開発の状況についてお二人からお話がございました。また、核実験の可能性についても森本参考人から御発言がございました。中国の対外連絡部長が、いやロシアの高官が、もしかすると六月中にでも核実験があるんじゃないかと、こんな発言もあるわけでございます。
その核の汚染の問題のみならず、仮に北朝鮮で核実験が行われたと、我が国に与える経済上あるいは政治上のインパクトというもの、これは計り知れないものがあると思います。それがもしかすると今月中にもあるかもしれないというふうに言われているわけでございますが、この点について、両参考人、どの程度の確率でこの核実験があるものというふうにお考えか、できれば簡潔に御意見をいただければと思います。
○委員長(内藤正光君)
では、まず、伊豆見さんからよろしいでしょうか。どうぞ。
○参考人(伊豆見元君)
ありがとうございます。 私も、先ほどの森本先生の御発言にもちろん大賛成でございます。核実験の可能性についても、私もないと、基本的に私は今回はないというふうに思います。ただ、将来ないかというと、それはあると、あり得る、あり得べしというふうに考えなきゃいけないと思いますが、今この時点で北朝鮮が核実験を行うかどうか、しかも今報道にありますような、その日本海寄りの吉州というところでやるかどうかというと、非常に疑問だと思っております。ただ、将来的にあると、今、先ほどの森本先生のお話は、私全く賛成でございます。
それともう一つは、やるんであればもうちょっと違う形で私はやるんだろうと思います。今よりももっと小規模にして、例えば一キロトンとかあるいはサブキロトンぐらいの小さなものでやる、ほとんど地表には放射能汚染その他は全く出ないような形で、地震計で少し分かるかどうかというようなものをこっそりと隠れてやるという方がよりありそうなシナリオだろうと思います。
仮に、今申し上げたようなシナリオでやった場合は、恐らく国際世論はもう瞬時に二つに割れます。核実験をやったという恐らくアメリカと日本と、やってないだろうという中国と韓国というふうにきれいにすぐ割れると思いますので、そういうような形の方がよりあり得るシナリオであろうと、現時点では、私はないというふうに思っております。
○参考人(森本敏君)
私は、こういうふうに考えているんです。
確かに、近々核実験が行われるという蓋然性は極めて低いと。しかし、アメリカの対応次第で、アメリカの共和党が非常に強硬な対応に出て、断固北朝鮮が六か国協議に戻ってこないのであれば、とにかく中国に圧力を掛けても断固安保理で制裁という議論になると、北朝鮮は危ないと思って自分たちが持っている核兵器の能力を実証しようとして核実験をするという可能性が常にあるが、この場合、決断が行われて準備をし、実際に実験をするまでの間、恐らく一か月から一か月半ぐらいの時間が掛かるというのが考えられると思います。その間、実験に必要な施設、装備等を動かしますので、それはある程度探知ができるということで、全く探知のない状態で北朝鮮の中で突然ある日実験が行われるということは考えにくいので、何らかの兆候が事前に察知されるという可能性があるのではないかというのが第一です。
それから、伊豆見先生が非常に面白いことをおっしゃって、小型の一キロトン、そういう実験をするのであれば、実は核実験でなくてもよいかもしれないと。すなわち、非常に大規模なTNTというんですか、通常爆弾を地下に仕込んで爆発させ、地震計で探知をさせ、いかにも核実験であるかのように見せ掛け、どうも疑わしいがよく分からない、しかし実験をした模様だけども探知ができない、放射能も探知されないというような非常に不透明な状態をつくって、いかにも持っているかのように振る舞うというやり方があり得る、軍事的にはあり得ると思います。
他方、もう一つ疑問に思うのは、その場合、そのような小型の核兵器を持っているんだろうかと。つまり、五十年代型の原子爆弾というのであればかなり大きな核兵器しか持ってない可能性があり、一キロトンとか一・五キロトンなどという小型化された核兵器を造るために核兵器の開発に必要な核実験をするということが核実験を行う二つの目的の一つであると。
もう一つの目的は、もちろん起爆装置から核兵器を爆発させるプロセスが設計どおりであるかどうかということをテストするという目的はあるんですが、いずれにせよ、そういうプロセスを経て核兵器を開発しようとするのであれば、その結果として小型化された核兵器ができるというのは分かるが、一番最初に小型の核実験をするということが一体あり得るんだろうかというふうに考えますと、最初の核実験というのは、パキスタンやインドのようにかなり大きな核実験をかなり深いところに掘ってやるということが技術的には考えられるということではないかというふうに考えます。
○小林温君
お二人の専門家から今言われているものとは違ったオプションについても御言及をいただきました。
次に、六か国協議についてでございますが、六か国協議が始まったときは、我々はロシアと中国は別にしても、日米韓の三国が一体となって北朝鮮にいろんな譲歩を迫っていくという、こういう期待をしていたわけでございますが、今年になって、私、数回韓国に行きました。五月にはアメリカにも行って、政府や民間の北東アジア、朝鮮半島あるいは核の専門家といろいろ議論させていただきました。この一年間の間にもいろんなことが変わっているなということを感じたわけでございますが、と同時に、この日米韓、正にこの北東アジアの安定のために大変必要不可欠なこの同盟関係が揺らいでいるんじゃないかということを強く私は感じているわけでございます。
そこで、朝鮮半島の専門家でございます伊豆見先生に、現在の韓米関係、私、これ極めて最悪だと思います。明日、ブッシュ・盧武鉉会談が行われるわけでございますが、軍事的にもどうも対北融和路線の中で衝突も起きているようでございますし、明日の米韓の首脳会談もどういうことが起きるか予断を許さない状況にあるかと思いますが、今の米韓関係の具体的な姿についてコメントをいただければと思います。
○参考人(伊豆見元君)
ありがとうございます。
今、小林先生の印象と私は相当近いものを持っております。最悪かどうかは、まだ分からないと思いますのは、済みません、最悪ではないと思います。というのは、もっと悪くなり得るだろうという意味でありまして、したがって、現在がボトムだとはやっぱり考えられないほどであります。まだ一回底を打ってないなという感じであります。ただ、一方でそれだけ悪くなってきている。それは、双方のやっぱり認識が相当ずれてきているということがありますし、その認識のずれというのはそう簡単に一致させる、あるいは近づけることができないのは別段米韓関係だけが特別ではないと思いますので、もうここぐらいまで認識の差、とりわけ安全保障上、あるいは政治外交上の認識の差というのが随分明確に見えてくるようになると、これはほぼ所与のものとして今後考えていかなきゃいけないと。今後良くなるよりも恐らく悪くなることはあり得るけれども、その点については元に戻るのも難しいと。
ただ、まだその共通の課題、共通の問題についてのある共通のアプローチを取っていく、できるだけ近いアプローチあるいは共同の努力をしていくという、これはまだまだやれる範囲も残されていると思いますし、今随分、そこもうまくいかなくてぎくしゃくしてきていることがありますが、これは将来、やりようによってはもう少し、認識は相当ずれていても、できるだけ共通のアプローチを取る、あるいは共同行動を取るようにしていこうということは、まだその望みは持てるんであろうと。
それは最終的な、究極的なところで共通の目標であり共通の利益でありというのを持つという、そこに関しては大きな差は依然としてないわけでありますので、米韓がもう全く共通利益をなくしているというわけではありませんから、まず、その共通の利益を持っているということから、できるだけその共通の利益を達成させるためのアプローチであり政策であり、そこでの協力でありというものにもう少し工夫を凝らしていくということは、まだ将来、少し、少しじゃなくて大いに私は期待をしたいというふうに思っておりますが、しかし、同盟関係というものとそれは違う形のものになっていくことも十分にあり得るであろうと。
やはり共通の目標についての共通のアプローチというものは、同盟という形で取りにくくなってきていることは間違いないと思いますし、それを将来続けていく、あるいは元に戻すということも極めて難しいというふうに思いますので、同盟関係ではない、極めて密接な友好あるいは協力関係というような形に形を変えていくということは当然あると思いますので、私は個人的には、米韓同盟というものは同盟から非常に密接な友好協力関係というようなふうに形を変えていくのではないかというふうに見ております。
○小林温君
実は日韓も、六月二十日に首脳会談、予定されておりますが、本当にできるのかという懸念を私は実は持っています。
それで次に、日米なんですが、先ほど来お二方からお話がございました。私の懸念は、例えばアメリカの政府あるいは民間の専門家と話をすると、どうも北朝鮮の核の保有は結果的に認めてしまうんじゃないのか。まあ幾らかの時間的なずれはあるのかと思うんですが。ただ、拡散については、これは断固とした態度で臨むというのがアメリカの姿勢の中にあるんじゃないかと思います。
これは、日本にとっては正に、身近なところに核を持った、しかも独裁者がいる国が出現するわけでございますから大きな脅威には違いないんですが、日米の間でも実はこの北朝鮮政策に関してはこういう温度差が生じる可能性があるんではないかという懸念を持っております。この点についてお二方から御感想をいただければというふうに思います。
○委員長(内藤正光君)
では、まず森本さんからお願いをいたします。
○参考人(森本敏君)
アメリカの政府が北朝鮮の対応について、いわゆる専門の言葉で言うとレッドラインといいますか、つまり、この一線を越えた場合、アメリカが忍耐しないというこの一線とは実態として何かということについては私は三つあるのかなと思っています。
一つは、今、伊豆見先生もさっきおっしゃったように、大量破壊兵器、特に核兵器及びそのノウハウといいますか、技術及び核兵器そのものを第三国あるいは第三国を通じてテロといったところに譲り渡す、売り渡すという可能性、これは蓋然性として割合高いと思いますが、それが第一です。それが実際に発覚した場合、あるいはそれを輸送し、正に運び出そうとするという事態が分かった場合。
第二は、本格的な核実験を行って、核実験そのものが正に疑義なく核実験であると。放射能収集のための特殊な航空機をアメリカは、これはAFTACといって、技術評価用の空軍の特殊航空機を嘉手納に配備していますけれども、空中の放射能のちりを収集できる、特殊航空機でも探知できるような大規模な核実験を実際にした場合。
第三は、核兵器開発ではなくミサイル開発が進み、そのミサイルの射程が延び、アメリカの本土に間違いなく届くというふうなミサイルの発射実験を例えば日本海に展開しているイージス艦の方に向かって撃つということが起きたら、アメリカは自衛権、個別自衛権を行使して反撃するということは大いにあり得るということです。これはかつてアメリカは何度もやったことがありますが、イランに対しても。
したがって、最近、北朝鮮がミサイル発射をやっていますが、極めて短距離で、自分の近海にぽちゃっと落とすという程度のことしかできないのは、日本海に時々アメリカがイージス艦を入れているからであります。さすがにその上を飛び越える、飛び越すということはなかなか勇気が要るわけです。
この三つのレッドラインを越えた場合、アメリカは恐らく同盟国の協議なく必要な措置を自衛権を行使してやるという可能性が私はあると考えます。
そういう意味では、このことが、すべて今の三つが日本の国家の安全保障にとって極めてクリティカルかどうかということについては、第三番目だけは必ずしも疑問で、既に日本は北朝鮮のミサイルの射程の中に入ってしまっていますので、射程が延びようが延びまいがはっきり言って日本の安全保障にとっては、百発撃たれるか百十発撃たれるかという程度の話で、飛び越える射程が二倍になろうが三倍になろうが既に射程の中にある限り本質的に変わらないと言や変わらないんですけれども、したがって、日米間が共有する安全保障上の利益はほとんど私は同じで、日米間にこの点について深刻な温度差はないと考えます。
○委員長(内藤正光君)
済みません。では、小林温君の持ち時間が過ぎてしまっておりますので、簡単に伊豆見さんの方からお願いをいたします。
○参考人(伊豆見元君)
ありがとうございます。
じゃ、簡単にといいますか、できるだけ短く申し上げますと、やはり、差があるというよりも、今、森本先生がおっしゃった中は、やはりアメリカにとってのレッドラインという、これを一線越えちゃいけないというのは、本当は、アメリカが直接脅威を受ける、トランスファーというのはそもそも、攻撃の対象、核が外に譲渡されればアメリカは攻撃されるんではないかという話ですし、あるいはミサイルが距離が延びるというのは、アメリカは直接攻撃されるんではないかという話です。そういう直接の攻撃されるかもしれないといったら、そこに、レッドラインにするというのは本当に分かる話でありますが、日本にはそういうレッドラインがあるんでしょうかと私は疑問に思います。
日本でいえば、もうとっくのとうにそのレッドラインを越えられているかもしれない、今の北朝鮮のやっていることは。それを認めているというのは、日本が直接攻撃の対象になるかもしれない、大変危険かもしれないというものを日本はレッドラインとして設定しているんでしょうかどうかということでありまして、そういう点では、例えばレッドラインを引くということでいうと、日本とアメリカとの間に随分私は落差があるんではないかというふうに思っております。