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国会発言録

[第162回 参議院 国際問題に関する調査会 2005年2月23日]

○小林温君

 自民党の小林温でございます。

 お二人の参考人には大変貴重なお話ありがとうございました。

 もう既に論点として出ているわけですが、少し日米関係の担い手について御質問させていただきたいと思います。

 私、八八年から八九年と、九二年から九四年、二回ワシントンに滞在をさせていただきました。今と比べると日本人あるいは日本のプレゼンスも、特に八八年なんかは非常に大きかったわけでございますが、今ワシントンに行って、だれか日米関係で新しいニューフェースはいないかと、いろんな人に問い掛けをして面会をさせていただこうと思うんですが、余り新しい人間が出てこないんですね。勢い、日本の政治家、みんなマイク・グリーンに会って、あるいはアミテージに会って帰ってくるということなんですが、そこでアミテージとケリーが抜けて、一つは、私、マイケル・グリーンというのは、本当に日米関係全般を一人で担えるぐらい、まあ年齢的にもまだ若うございますし、大丈夫なのかなというふうに思うところもあるんですが、一方、例えば朝鮮半島の専門家に会わせてくれ、あるいは中国の専門家に会わせてくれと言うと結構数が豊富でございまして、どういうところに表れているかというと、例えば、軒並み大手のシンクタンクのアジア関係の責任者がかつては日本の専門家だったのが、今は例えば中国の専門家だったりするということが見られるわけでございます。

 ですから、先ほど来の話の中で日米関係は成熟してきたと、安定期に入ったということがあるんですが、どうもその層の厚さということを、あるいは昔の名前で出ています的な日本の専門家、いまだいらっしゃるということを考えると、仮に何かが起きたときに、リスクを吸収できるショックアブゾーバーとしての役割をアメリカの日本専門家が質量ともに果たしていただけるのかなという危惧を実は持っているわけでございます。

 逆に、日本の方から見ますと、アメリカに留学をしたり、あるいはアメリカで仕事をしたことがあるという方は政界の中にも増えていまして、英語も堪能な方が多いわけですが、しかし、アメリカというのは余りにも対象として意識が希薄でございまして、じゃ、日本の中でアメリカの専門家ってだれだというと、結構答えが出てこなかったりするわけでございまして、余りにもみんながアメリカについてはプチ専門家になってしまっているという状況もあるんじゃないかというふうに思って、こういう問題意識からあえてちょっとうがった質問をさせていただきますと、例えば、先ほど申しました米中関係もいろんな意味で進んでいると思います。

 例えば、よく言われるのは、アメリカでディグリーを取ったいろんな分野の人が中国に戻って要職に就いていると。あるいはアメリカンチャイニーズが二世代ぐらい経て中国に戻って外資系の企業のトップになったりということ。船橋先生がおっしゃったような、ある意味でいうと東アジア共同体とアメリカとをつなぐバランサーとかつなぎ役としての日本としての役割が本当にこれからも期待されるのかどうかということでございます。三十数年前にキッシンジャー・ショックということがありましたが、どうも日本なんて必要ないという米中関係がいずれ近いうちに訪れてしまうんじゃないかという危惧を私は持っているわけでございますが、この点についてお二方から御意見をいただきたいと思います。

 それからもう一つ、先ほど来お話に出ております2プラス2でのステートメントでございますが、台湾海峡について初めて現実的に触れたわけでございます。私、これは実は少し唐突じゃないかという気もしながらこの共同声明を見させていただいたんですが、例えば、北朝鮮に対して表面的ではなくてしっかりとしたコミットメントをアメリカが約束して、その見返りとして台湾海峡についてこの日米の共同声明で触れたというような例えば取引でもあれば別だと思いますが、今の日中関係の置かれている状況を考えると、果たしてここで本当に台湾海峡について日米の共同コミットメントということを宣言する必要があったのかどうか、少し私は疑問に思うわけでございまして、この点についてお二人の先生の御意見もちょうだいしたいと思います。

○参考人(五百旗頭真君)

 大変立派な議論であり、指摘であろうと思います。

 アメリカで学位を取った中国人が帰って活躍しております。私は、二年ほど前、一年間ハーバード大学におりましたけれども、そこでハーバード大学の教授なんかと話をしていると、中国人のプレゼンスが大学でも、留学生のレベルでも、数も多いし、それから意欲と馬力が違うと。韓国人もなかなか大変なものだと。韓国はアメリカでPhD取らなきゃ大学のポストを得られませんし、最近はレフリー付きの国際的な雑誌に毎日、二つか三つ載せないと何かプロモートできないとかなんかいうふうなルールまで入れているようで、まあ大変なものです。

 それに対して、日本からの留学生はどうも数も減ってきたし迫力がないということをハーバードの先生なんかはおっしゃいますね。もうエリート官庁から来ましたとか、一流企業から来ましたと。二年掛けずに一年でマスターディグリーぐらいもらって、大体分かって帰りますというふうな、もう余裕の感じが多いんですね。それに対して、ハングリーに、目をらんらんとして、アメリカ社会をつかみ、何かを持ってという、そういうのがなくなってきていると。確かにそういうふうに思います。そういう人材の競争力をどうやって回復するのかというのは非常に長期的な、二十一世紀の日本、国家百年の計にかかわる問題だと思うんですね。

 私、帰国してから、日本は物見遊山的な留学じゃなくて、PhDを取るまで血を吐くような、もうアサインメントすごいですよね、大学院のコースに入ると三時まで眠れないと。気が狂いそうになりながら頑張る。それをPhDまで取るところまでやると、非常にそれぞれの分野で進んだインスティチューションにおいて、アメリカの人だけじゃなく世界じゅうの人が集まってきていますね。それはヨーロッパの主要インスティチューションもそうですけれども。そういうところへ日本人も若いときに飛び込んで、ディグリー取るまで頑張ると。そうすると、その先端レベルのコミュニティーの一員になり、その共通のものを持ちながら、あとは国際機関で活躍されても、日本へすぐ帰ってきて活躍されてもいいと。そういう人材をつくらなきゃいけないんじゃないかというふうに思いまして提案したところ、小泉さん、首相、賛成してくださって、実は今年から、百人、文系五十人、理系五十人、ディグリーを取るまで長期にわたって日本の若者を留学させるという制度が発足いたしました。これ是非皆さん励ましていただいて、志のある若者が若いとき安穏としているんじゃなくて、世界の最先端と競争してブレークスルーを遂げるという機運をつくっていって、もしそういうのが毎年十人、二十人、いや五十人、百人生まれてくるのならば、意外に早くその種の人材が生きてくることがあるだろうと思います。

 そういう中で、米中が難しいことを起こすときにも日本がバランサーを務めるという、高い水準をこなした上で調整をすると、非常に重要なことだと思います。

 それから、台湾海峡の記述が2プラス2であったということですけれども、中国の人とも毎年のようにかなり合宿状態で議論いたしますけれども、以前は我々が台湾海峡問題で何か口を出すと怖かったですね。中国の人はよく怒りました。中国の国内問題にどの面下げておまえは口を出すのかと言わんばかりの、はね付けるような。

 ところが、近年変わってきたんですね、何とかしてくださいよと。これは、九六年のあの李登輝さんが台湾で選挙をするあのときに、中国は大変危機感を持ってミサイルをぶっ放したりしたわけですね。それが結構逆効果もあって、李登輝の勝利に逆に貢献してしまったかもしれないし、国際的イメージをがた落ちにしたわけですね。その反省に立って、無理に台湾を力でやろうとすると逆効果だから、アメリカと日本を使って独立などさせないようにするというのが最近の中国の手法なんですね。自分でもいろいろ努力するけれども、決め手がないと。そうすると、アメリカと日本を使うのがいい。そこで、我々に対しても、何とかしてくださいよとまで露骨に言わないですが、かつてのはね付けるようなのと違って、日本も台湾海峡の安定に貢献できるのではないかというふうに水を向けてきたりするわけですね。

 そういうふうにして、実は昨年十二月に、台湾で陳水扁さんが台湾独立的なこの問題提起をしながら、それは勝たなかったというので、効果を、アメリカ、日本に抑えてもらったという面はあったと思うんですね。それなりに成功した。それに対して、今度日米が平和的解決ですよと出したのがこの2プラス2だと思うんですが、僕はこれは正しいことだと思うんですね。絶対に力をもって現状を変えないということをやはりアジア太平洋のドクトリンにすべきだと。

 そのことは、実は一九七二年のニクソン訪中のときの上海コミュニケの了解でもあるわけですね。中国は一つだと中国側は主張しました。台湾も中国も両方が一つだと言うのなら一つでしょうというので、ニクソン政権はそれを了承して、しかしながら、平和的解決をお願いしたいと言ったわけですね。そのときの首脳会談が今やワシントンで公開されていて読むことができますが、周恩来はそれに対して、アメリカは台湾から撤兵するんだね、ならば自信があると、平和的に解決する自信があると言って了承しているんですね。その了承に、実はその後、九六年のミサイル実験を発射してみたり、いろんなことで行き来しましたが、結局戻ってくるところは、中国は一つというのは崩せない、しかし平和的解決というのも飛び越えることは許されない、絶えずその二つの合意、パッケージに帰ってくる。これを今度日米の共同声明としてはっきりさせたということは、私は支持したいと思います。

○参考人(船橋洋一君)

 担い手は、先ほども私も最初に触れましたけれども、一番これからの日米関係の重要な点だと思いますね。

 それで、おっしゃるように、あちらもこちらも、特にアメリカの方で、この日米関係の担い手の層が一巡、二巡して、次はでも見えてこないと。私も同じように見ております。それを日本も入って一緒にこれからつくっていくという、その工夫がとても必要になると思いますね。日本の研究者だけでということじゃなくていいと思うんです、これも重要ですけれども。アーミテージさんも別に、いわゆる日本語やって日本で学位を取ったという人じゃありませんよね。実務の中で、日本の実務者とこの政策をともに進めていく中で、信頼関係だとかワーキングハビットだとか、やっぱり日本人はできると、やれると、組めると、こういう確信を持ってここまで来られたわけでしょう。

 ですから、そういう多分潜在的な人々、いろんなところにいると思いますね。中国が国策的にもやっておりますし、抜てきもできるし、ということもやはり我々も、別にまねする必要はありませんけれども、常に頭の中に入れておく必要がありますね。

 ブルッキングス研究所は、去年の九月に中国研究所を設立しましたけれども、多分アメリカで最も強大な米中関係の担い手をつくっていく、あるいは共同研究の基盤になるんじゃないかと思いますね。ブルッキングスのチェアマン・オブ・ザ・ボードのジョン・ソーントン、彼はこの中国研究所を作った人ですけれども、今、中国のチンフォア、清華大学の教授で、客員教授で行って、オフィスも置いて、行ったり来たりの生活ですよね。ですから、それほどのコミットメントを一生仕事でやろうという人がアメリカ人の中からも出てきているという、中国の方にも出てきているということですね。

 台湾は、先ほども申し上げました、私は良かったと思います、この2プラス2は。あいまいな、あいまい戦略というのはもう効かなくなってきていると。陳水扁がもうあそこまで、何といいますか、ぎりぎりのところまで今迫っていますので、これ以上は認めないということをはっきり言った方がいいし、日米が共同で言ったわけですね、おととしの十二月ですか。ですから、そのときは中国はよくやってくれたということで、中国の方にも我々のぎりぎりの線は伝えておくというようなプロセスが始まっているんじゃないでしょうかね。